連載VCが産業を語る
「日本の技術を活かし、1兆円企業を生みだしたい」
ハイテク産業へ投資する ANRI・鮫島氏の思い
インターネットは退屈だ──。独立系ベンチャーキャピタル「ANRI」パートナーの鮫島昌弘氏は、自身のTwitterにこう記した。
この言葉の裏には“インターネットだけ”でのイノベーションは難しくなったという同氏の思いが込められている。ハイテク産業とソフトウェアの融合なくして、もはや新しい産業を生みだすことはできないのだという。
FastGrowでは、ベンチャーキャピタリストたちが注目する産業領域について話を伺っている。今回、大学発スタートアップやハイテク産業への投資を行う鮫島氏に、グローバルベンチャーを生みだすための道筋を聞いた。
- TEXT BY TOMOAKI SHOJI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY NAOKI TAKAHASHI
日本の優れた技術を世に出す仕組みが不足している
鮫島氏がベンチャーキャピタリストへの道を歩み始めたきっかけは、電波天文学を研究していた東京大学大学院時代にさかのぼる。鹿児島県出身の彼は、種子島宇宙センターが身近にあったこともあり、幼少期より宇宙に関心があったという。
研究者を目指した大学院時代、カリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学へ視察に訪れたことが大きな転機となった。訪れた研究室で、当たり前のように研究者たちがスタートアップを立ちあげているのを目の当たりにした。
鮫島 大学に投資家が訪れるのは当たり前でしたし、サバティカル休暇のような起業しやすい制度も普及していました。ある有名なゲノム編集の研究者は、会社を何個も立ちあげ、シード期で数十億円を調達しています。日本との環境の差を感じましたね
日本には優れている技術があるのに、世の中にインパクトを与える環境や仕組みが整えられていない。鮫島氏は、技術や研究者を支援する舵を切った。
当時(2008年)は、日本でスタートアップ業界が今ほど盛り上がっていなかったため、大学院卒業後は三菱商事に就職。その後、業界の盛り上がりとともに、技術を世に送り出す仕事を本業にしたい思いが高まり、東京大学エッジキャピタル(UTEC)に転職した。UTECで技術系スタートアップへの投資業務を経験し、2016年8月からANRIに参画している。
ピーター・ティールやイーロン・マスクも注目する「核融合」研究
鮫島氏が注目しているのは「核融合反応」を利用した産業だ。文部科学省によると、核融合は少量の燃料から膨大なエネルギーを発生させる反応であるため、エネルギーの長期的な安定供給と環境問題の克服を両立させられるとして期待がある。核融合反応は太陽がエネルギーを発射する原理と同様であることから、「地上に太陽をつくる」研究とも例えられ、世界中の科学技術を結集して取り組まれている。
主な研究では「ITER(イーター)計画」と呼ばれる、核融合エネルギーの実現に向けた実証を進める世界的なプロジェクトが進められている。欧州、米国、ロシア、中国、韓国、インド、日本が参加国に名を連ね、日本国内では、日本原子力研究開発機構がプロジェクトを推進している。2007年に実証に向けた協定が発効されたが、核融合炉の運転開始は2025年12月が予定されるなど、なかなか進展が見られないのが現状だ。
一方で、「米国を中心に核融合関連のスタートアップの動きが活発になっている」と鮫島氏は語る。たとえば、核融合炉の実現に必要な大型FRC(逆転磁場配位)装置を開発する米国のTri Alpha Energy Technologies(トライアルファ エナジー テクノロジーズ)や、MTF(磁化標的核融合)による核融合炉開発を進めるカナダのGeneral Fusion(ジェネラル フュージョン)は、これまでに100億円以上の資金調達に成功した。
Y Combinator(Yコンビネータ)も核融合関連のスタートアップに注目しており、米国のHelion Energy(ヘリオン エナジー)や、Oklo(オクロ:Y Combinatorの卒業生が創業)に対して投資を行っている。
鮫島 投資家のピーター・ティールやサム・アルトマンも核融合への関心を高めており、10年以内に何らかのブレイクスルーが生まれると思っています。日本は基礎研究が進んでいますが、新しい核融合炉をつくるのには膨大な資金が必要なため、VCからの資金調達だけでは起業に結び付けるのが難しい状況です。しかし、エネルギーの効率化は日本の抱える重要な課題でもある。国なども巻き込みながら取り組んでいく必要があるでしょう
約2000億円の資金を調達。注目のバイオテック企業
また鮫島氏は、血液や尿の成分からガンや糖尿病などの早期発見につなげる「リキッドバイオプシー」や、3次元的に人口の臓器をつくる「オルガノイド」も注目の産業に挙げた。
リキッドバイオプシーだと、DNA解析大手の米国Illumina(イルミナ)からスピンアウトして生まれたGrail(グレイル)が、ガンの早期発見をミッションに掲げ、これまで2000億円近く資金調達している。
オルガノイドでは、累計約100億円の資金調達を行っているEmulateが有名だ。同社は、ピーター・ティールが率いるFounders Fundも出資している。この分野では日本でも少しずつ動きが見え始めており、2018年2月に東京大学発のスタートアップJiksak BioengineeringがANRIや大原薬品工業などから1.9億円を調達した。同社は独自の細胞培養技術を通して、ALS(筋萎縮性側索硬化症)をなくすための事業に取り組んでいる。
資金調達の規模こそ小さいものの、鮫島氏が同社代表取締役CEOの川田治良氏と二人三脚で事業作りを行ったことで生まれた、国内バイオテック企業の新たな芽といえるだろう。
事業をスケールさせるためには、研究者とネット系人材のマッチングが必要
Jiksak Bioengineeringのようなスタートアップが誕生した一方で、事業規模の拡大という観点で日本は遅れているという。
鮫島氏はその理由として、VCや起業家のサポートが少ないことを挙げた。米国のように起業文化がなく、周囲に成功体験がなければ、投資に対して抵抗感があるのは当たり前だと指摘する。
鮫島 国外企業で数百億円規模の資金調達が実現しているのは、海外の人たちが未来志向であることも大きいかなと思っています。未来から逆算して『実現にいくら必要か』を考えるのが当たり前。わたしも含めて日本人は保守的な面があり、ボトムアップ思考で“今必要な資金を調達しよう”と考えてしまうので、規模が拡大しないのかもしれません。
ANRIは、2017年8月にハイテク産業に挑戦するスタートアップなどにも投資する総額60億円規模のファンドを設立している。ファンドの設立とともに、東京大学近くにハイテク産業向けインキュベーション施設「NestHongo」を立ちあげた。すでに投資先である数社のスタートアップが入居しており、鮫島氏が事業化のサポートを行っている。
特徴的なのは、鮫島氏が一つひとつの研究室にメールで連絡をし、実際に訪問している点だ。30~40代の若い研究者を対象に、技術の実用化に向けて、起業という選択肢の魅力を伝えている。実際に足を運ぶと、自分で研究資金を稼ぎたいという思いを持った研究者が多く存在し、起業への関心も高いことが分かったという。
一方で、研究者は数年という長い期間で実証を行うケースが一般的だ。ビジネスを行う上では素早く意思決定を行い、PDCAサイクルを短期間で回せる人材も求められる。
そこで、ANRIはIT系のスタートアップへの投資で築いたネットワークを活かして、ビジネス視点を持った人材と研究者のマッチングを進めているという。
鮫島 技術系スタートアップは順調に増えています。次のステップへ進むためには、IT系のスタートアップで事業を成長させた人や、シリアルアントレプレナーが経営層に加わってもらうことが必要です。シード期の技術系スタートアップのなかには有望な企業が複数あるので、興味のある人やキャリアに悩んでいる人がいたら、すぐに連絡してください!
日本の技術で、世界と戦える「1兆円」企業をつくりたい
鮫島氏がハイテク産業に注目するのには2つの理由がある。
1つは、「10X」と呼ばれるように、技術の発展により10倍の精度向上やコスト減が実現すれば、食糧やエネルギーといった人類が抱える課題に対して解決の一歩を踏み出せること。
2つ目は、技術には言葉や慣習といった壁がなく、すぐにグローバル市場で戦えることだ。
鮫島 日本もVCやCVCなどが増え、起業家にとって良い環境が整ってきました。老化に関する技術など、課題先進国として日本が世界的に優位に研究・立証できる領域がある。ゲノム編集やマテリアル系といった強みを持つ領域もあるため、今がチャンスといえるでしょう。
ハイテク産業での起業はピボットが難しく、VCにとっては短期的なリターンが見込めない。そんな中鮫島氏がVCとして投資を続けるのは、大学院時代の「日本の優れた技術や研究者が、世界に出ていくのを支援したい」という思いがあるからだ。
鮫島 ANRIはIT系企業への投資で良いポートフォリオを構築しています。IT企業が集まる渋谷に拠点を置くANRIの強みを生かし、世界と戦えるスタートアップを生みだし、1兆円企業に育て上げていくことがわたしの役割だと思っています。
こちらの記事は2018年08月15日に公開しており、
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執筆
庄司 智昭
ライター・編集者。東京にこだわらない働き方を支援するシビレと、編集デザインファームのinquireに所属。2015年アイティメディアに入社し、2年間製造業関連のWebメディアで編集記者を務めた。ローカルやテクノロジー関連の取材に関心があります。
写真
藤田 慎一郎
編集
高橋 直貴
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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