「人間関係」がテックドリブン経営の礎になる──会社の黎明期も他社も知るCROOZ SHOPLISTの“出戻りエンジニア”に学ぶ、エンジニア組織の土台づくり
「テックドリブンな組織をつくるためには、技術“以外”の土台整備を大切にしなくてはならない」
そう語るのは、“日本一テックドリブンなECカンパニー”を目指すCROOZ SHOPLIST(以下、SHOPLIST)で、第二開発部 部長を務める加藤督樹氏だ。
『SHOPLIST.com by CROOZ』を展開する同社は、2019年3月期の通期決算で約3億円の営業赤字を計上したのを機に、親会社クルーズのトップである小渕宏二氏が2020年7月より陣頭指揮を執って構造改革に取り組んでいる。
改革の柱の一つが、エンジニア組織の全面的な改革だ。その改革を主導する中心人物が、加藤氏である。テックドリブン経営を実現するために、どういった改革を進めているのだろうか? どうやら「新しい技術を導入すれば良い」という単純な話ではないらしい。
モバイル広告、ソーシャルゲーム、EC……時代の変化にあわせて、柔軟に事業を変化させてきたクルーズを創業期から支えてきた加藤氏が語るSHOPLISTの未来像からは、テックドリブンな組織づくりの要諦が浮かび上がってきた。
- TEXT BY ICHIMOTO MAI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「このぐらいの変化はよくあること」
──5年に一度は構造改革が遂行されるクルーズ
SHOPLISTのエンジニア組織はいま、構造改革の真っ只中にある。
2020年7月、以前FastGrowでも取り上げた親会社クルーズのCTO・鈴木優一氏がSHOPLISTの技術統括部部長に就任したのを皮切りに、開発環境や労働環境にメスが入りはじめた。
加藤氏はクルーズの社員数がまだ20人にも満たなかった2003年、同社初の新卒社員として入社。以来、創業者の小渕氏とともにゲーム事業や検索エンジン事業に取り組んできたエンジニアの一人だ。
加藤氏は2016年に、長年働いたクルーズを離れ、ゲーム運営会社に転職している。2020年7月に構造改革に踏み切ることになった小渕氏の強い期待を受け、2021年には再びSHOPLISTに戻ることになる。いわゆる、“出戻り社員”だ。現在は、SHOPLISTの法人向けの開発を担う第二開発部のトップに立っている。
別記事で詳しく紹介したが、SHOPLISTの構造改革は、現場メンバーから徹底的に課題を吸い上げ、その解決を小渕氏と二人三脚で推進していく「重要プロジェクト」という仕組みに則って進められている。加藤氏も、複数の重要プロジェクトを推進する責任を負っているという。
会社全体が大きく変わりつつあることが伝わってくるが、創業期より同社をよく知る加藤氏にとっては、特段驚きに値する変化ではないそうだ。彼は「このぐらいの構造改革はよくあること」と言ってのける。
加藤クルーズはこれまでも5年に一度ぐらいのペースで、大がかりな構造改革を繰り返してきました。僕自身はそのたびに成長してきた実感がありますし、楽しいとすら感じてきましたね。
そうした経験も活かしながら、今回の構造改革においては、会社の文化を作ってきた新卒採用組のメンバーと、他の会社の良い面を知っている中途採用組のメンバーが、どちらも100%力を発揮できる状況をつくりたいと考えています。自分はどちらの気持ちもわかりますし、経営陣の考え方もよく知っている。トップのスピード感に現場のメンバーがついていけるよう、自分ができる最大限の働きをしていきたいですね。
技術水準をより高めるためには、
技術“以前”の人間関係やコミュニケーションを整えることも重要
鈴木氏へのインタビューでも語られていたように、SHOPLISTは「日本一テックドリブンなECカンパニー」を目指している。そのために加藤氏は、どのようなエンジニア組織をつくり上げることを理想と考えているのか。
加藤優秀な人や意欲の高い人がのびのびと力を発揮しさえできれば、技術水準は自然と高まっていくもの。ですから、そうした環境を整えることが、改革のゴールだと思っています。少し無責任に聞こえるかもしれませんが、「こういった技術を身につけてください」と詳細に指示するのではなく、いま必要な技術をエンジニアが自発的に習得して活躍できる環境を整えることのほうが、重要な要件だと思います。
もちろん、技術面でのテコ入れが不要と考えているわけではない。新しい技術を検証・実装していくことは難易度も高く、パワーが必要であるが、それでも進む土台を作らなければやり遂げられないと加藤氏は考えているのだ。
加藤組織の技術力を高めるうえで大切なのは、技術の“前”に存在しているもの、つまり人間関係やコミュニケーションです。これを円滑にしなくては、どんなに優秀な人が入ってきても活躍できません。
僕の経験上、「エンジニア同士が対等に話せていないな」と感じさせるチームは、技術力も高まらないと考えています。必要以上に相手に合わせて、自分を抑えてしまいがちですし、「あの人がいる間は自分は上に行けない」とすら考えてしまう。
また、問題を見つけて指摘してくれた人が「面倒臭い人」とみなされてしまうような組織はダメですよね。その人の声が改善のきっかけになり、成長していける組織をつくらなくてはならない。「重要プロジェクト」を通じて、そうした雰囲気の醸成に取り組んでいるところです。
「課題の見える化」こそが、あらゆる改革の出発点
では、エンジニア同士が円滑に対話できる状態を実現するためには、どのように組織づくりを進めていく必要があるのだろうか。
加藤何年か職場で働いていると、「この人は心から信頼して話せる」という人と、「この人とは話しづらいな」という人に分かれてきますよね。全員が前者のような関係性になれると、かなり強い組織になる。技術は素早く浸透しますし、困っているときに困っていると声をあげやすくなりますから。
大切なのは、普段どれだけ相手を承認して過ごしているか。何気なく仕事をしていると気づきづらいですが、難易度の高い課題解決を一緒にクリアしていくと、相手の良さを知る機会は自然と多くなります。そうした日々の行動を通じて、人間関係の土台を構築しておく必要があります。
関係性を築くための第一歩が、「課題の見える化」だ。加藤氏は「重要プロジェクト」を推進していく中で、この重要性を感じるようになったという。
加藤人間って不思議な生き物で、見えないと気にならないことでも、見えた瞬間、「なんとかしなければ」と思うものなんです。
課題を見える化するためには、「タスクに対してどれくらいの時間がかかっているのか」などの事実を数値化する必要があります。それが見えないうちは、改善に向けた動きはなかなかスタートしません。ところが、課題が一目瞭然になった瞬間、多くの人が動き出します。課題を可視化することが、改善に向けた第一歩だと考えています。
課題を見える化することで、組織課題が解決に向かうだけでなく、エンジニア同士のコミュニケーションツールにもなると加藤氏。たとえば、プログラムコードを書くのにかかった時間を計測すれば、週に何時間コーディングできているか分かる。理由は別の課題として向き合う必要があるが、「コーディングに時間を使えていない」といいう事実を知ったうえで話すのと知らずに話すのでは、コミュニケーションの仕方も変わってくる。
加藤課題の見える化とは、コミュニケーションを対等にする上で必要な情報を整備する作業とも言えます。現状をクリアに理解できる状況を作り出せば、新卒/中途、若手/ベテランにかかわらず、メンバーが十分な情報を持ったうえでコミュニケーションを取れるようになります。
見える化する作業を「面倒だな」と思ってしまう気持ちもわかります。でも、一回やってみると、「こんなに改善できるものなんだ!」と面白さを実感できるはず。そうして楽しめるようになってくると、コミュニケーションは円滑になり、課題解決もどんどん加速していきますよ。
変化に対応すべきなのは、経営陣も同じ
現場のコミュニケーション改善に取り組む一方で、「変わらなければならないのは現場だけでなく、経営陣や部長陣も同じ」と、加藤氏は言う。
加藤SHOPLISTでは、経営陣も含めた全員が、時代についていくために必死に変わろうとしています。時代の変化にあわせて開発の方向性を示すのは、経営陣や部長陣の役割だからです。たとえば、今から約20年前のサービス開発は、「スピード勝負」の側面が強くありました。正直、IT初期の世界で生きてきた僕たちからすると、「期日までにつくれないのは負けだ」という感覚さえあった。
でも、今のIT業界ではスピードはもちろん大切ですが、品質が重視されるようになりました。昔のような勢いだけ重視する開発では、市場のニーズに合ったきめこまやかなサービスはつくれない。こうした変化に経営陣が対応しなければ、構造改革はなしえません。
加えて、メンバーのモチベーションを高めるための取り組みにも積極的だ。その代表例が、2020年7月にはじまった「Good Action」制度。週に一度の全社会議にて、最近メンバーや部長、役員が行った良いアクションを3〜5例共有し、褒めたたえる。従業員に参考にしてもらい、似たような行動をふやしていく意図に加え、たとえ些細なアクションだったとしても、週に一度の頻度で褒めてもらえることで、メンバーのモチベーションが高まり、全社を活気づけることが期待されている。
「完成した組織」では得られない経験がある
改革の真っ只中だからこそ、「SHOPLISTに興味のあるエンジニアには躊躇することなく飛び込んでほしい」と加藤氏。急激に変わりつつある組織に加わるメリットとは何か。
加藤僕らは変化の過程にあって、できていないことはまだまだたくさんある。でも、こういうフェーズの企業で働くことは、できないものができるように変わっていく過程を知る貴重な機会だと思うんです。それは今後のキャリアを築いていくうえで、プラスに働くはずです。
変化にはパワーが必要ですし、面倒ですから、嫌がる人もいるでしょう。でも、結果として苦労の何倍もの効果が得られることを体感することで、変化の重要性が身にしみて理解できるようになるはずです。僕自身は前職でチーム内のメンバーの関係性や仕事の進め方をまるっと変える経験をしました。そうした経験は、IT業界で生きていく上で大きな糧になっています。
「正直、技術的にはうちじゃないとできないことってないんですけどね」と控えめに話しつつ、加藤氏はクルーズで働く魅力を付け加えた。
加藤エンジニアがサービス企画に参画できる度合いが大きいと思います。プロジェクトオーナーが社長と同等の意思決定権を持つので、階層は非常に少なく、エンジニアでも企画にコミットできる。この規模のサービスでそうした働き方を実現できる環境は、なかなかないと思いますね。
また、新しいプロジェクトが増えているので、高難易度の技術を必要とするケースも増えてきています。その場合は、開発に集中できるように切り分けることも重要だと感じています。過去の歴史では、特定の技術チームが会議室にこもってそれだけに集中するなんてやり方もありました。僕も当時それを見て参加したいと感じた事もありましたし、何をすると一番課題解決に繋がるかが重要と考えます。
開発には技術力、企画力、チームワークすべてが必要です。役割の大切さを互いに承認できて、一緒に楽しんでくれる人と働きたいですね。
最初から全てが整った組織に入ってしまうと、変化することの必要性はいまひとつピンと来ないだろう。それよりも、変化の過渡期にあり、今まさにもがいている状態の企業に飛び込むほうが、これからの「変化の時代」を生き抜く上で役立つ貴重な経験が積めるのかもしれない。
こちらの記事は2021年04月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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フリーライター。1987年生まれ。東京都在住。一橋大学社会学部卒業後、メガバンク、総合PR会社などを経て2019年3月よりフリーランス。関心はビジネス全般、キャリア、ジェンダー、多様性、生きづらさ、サステナビリティなど。
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藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
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