ダイニーが目指す“外食×IT”での日本経済の再興──元アクセンチュア、ラクスル、10X松本氏に学ぶ、型破りな事業開発手法
創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人たちを“Shaper”と呼ぶ(詳しくはスローガン創業者・伊藤豊の著書『Shapers 新産業をつくる思考法』にて)。
Shaperはイノベーターやアントレプレナーに限らず、誰もがなり得る存在だ。一人ひとりがShaperとして創造性を発揮し活躍すれば、新事業や新産業が次々と生まれ、日本経済の活性化を促す原動力となるだろう。
今回は、「“飲食”をもっと楽しくおもしろく。」というミッションを掲げ、外食産業から日本経済の再興を目指すダイニー。その決済事業の責任者として活躍している松本拓隼氏を紹介しよう。
入社後6カ月でオランダの決済大手Adyenとの異例の提携を実現し、業界を震撼させた最安級の決済サービスをリリースした。外食産業の課題をテクノロジーで解決し“日本のIT産業で世界に打って出たい”という信念のもと、事業開発に取り組んでいる。
常識にとらわれない戦略から、スピーディーな実行力まで、型破りな手法で事業開発を推進する松本氏の思考と行動原理に迫った。
- TEXT BY KANA MAKINO
- EDIT BY TAKASHI OKUBO
アクセンチュア、ラクスル、10Xでの経験を基に、創業代表の視座へ一気に駆け上がる
ダイニーは外食産業全体にイノベーションをもたらし、飲食店が抱えるお金と人の問題を解決して、日本経済の再興に取り組むテックカンパニーだ。
飲食店特化型POSレジのみならず、SaaS、FinTech、Mediaなど外食産業に必要なファンクションを一元的に提供して唯一無二のポジションを築いている。飲食のオペレーションにフィットするAll in One Restaurant Cloudの導入実績数は3,000店舗(※2024年10月31日時点)を突破した。
2024年9月19日には、初期費用、月額費用0円で業界最安級の決済サービス『ダイニーキャッシュレス』をリリース。通常時の手数料は2.48%、キャンペーン期間中の手数料は1.98%と一般的な料率3〜4%と比較して、大幅な低価格化を実現。そのキーとなったのが、「オランダの決済の巨人」と呼ばれるAdyen(※1)との提携だ。
この『ダイニーキャッシュレス』を事業責任者(BizDev)として力強く牽引しているのが松本氏。まだ入社から1年足らずにもかかわらず、アクセンチュアでの経営コンサル経験に加え、ラクスルと10XでのBizDev経験を元に、既に創業代表と同じ視座で事業を推進している。
松本山田がカバーしている領域が本当に広すぎるんですよね。僕が決済事業をリードできないと、山田が描くダイニーの成長スピードに支障が出ると思いました。各事業を分担しなければ、ダイニーが描くロードマップを実現できないと思ったんです。この発想で、すべてに取り組んでいます。
こう力強く語る松本氏とは、いったい何者なのか。『ダイニーキャッシュレス』の立ち上げストーリーを起点に、紐解いていこう。
業界を震撼させた最安級の決済サービスをわずか6カ月で立ち上げ
決済事業を始めるなら国内の大手カード会社と組むのが定石だが、それだけでは最安の料率を実現できないかもしれない。決済料率が飲食店の経営にとって負担になっていることから、どうしても最安の料率で提供する必要があった。Adyenと提携したのもそのためだ。
松本飲食店の経営者様と接する中で、高い決済手数料への悩みを抱えていることを知りました。このような悩みを解決したいという思いから、ダイニーは決済領域への進出を決めたんです。
特に、カード発行会社(イシュア)と加盟店管理会社(アクワイアラ)が同じ金融機関であることが多く、この構造により決済手数料を下げることが実質的に不可能でした。そこで、ダイニーは中間事業者を挟まない国際決済プラットフォームを提供するAdyenと提携して、業界最安級の決済サービスを実現しました。
Adyenとのアライアンス交渉、決済サービスの複雑な構造の見直しだけでも期間を要することは大いに想像できるが、松本氏は緻密に計画を立てて、わずか6カ月でサービスリリースまでこぎつけている。
松本ダイニーは10年ロードマップから逆算して参入事業を定めて、新規事業を立ち上げています。
僕は2024年4月にダイニーに入社後、まずはAdyenとのアライアンス交渉を引き継ぎました。売り上げを立てるための具体的な落とし込みが僕の役割だったんです。そのため、9月にサービスをリリースするためのスケジュールを練りました。
プロジェクトのボトルネックを想定した上で、業務委託も含め社内外の関係者を早めに巻きんだり、山田に意思決定のタイミングを伝えて予定を空けておいてもらったりするなど、物事がスムーズに進むように最善を尽くしましたね。全体のスケジュールを立てた上で、今週、来週のスケジュールと細分化して関係者が行動しやすいようにしました。
ダイニーキャッシュレスが外食産業の救世主となるためにはAdyenやカードブランドとの協力が欠かせない。松本氏は、相手に与えるメリットを上手く伝えるだけでなく、相手の心理より優位に立ち交渉のペースを掴み賛同を得た。
松本『ダイニーキャシュレス』は、飲食店様の高い決済手数料への悩みを解決するものです。しかし、カードブランド側にも事情があるため、双方の都合に合わせようとすると結局他社と同じ料率にしようかなと思ってしまうんですよね(苦笑)。
僕は交渉が難航しないように「これぐらいの利益率なんで、広告投資費用はこれぐらいで何年で回収する」など事業シミュレーションを息を吸うように行いながら相手を説得しました。
またダイニーAll in One Restaurant Cloud.の導入実績数は3,000店舗、ユーザー数は累計で2,300万人を突破しており、カードブランドさんが『ダイニーキャシュレス』に便乗しないと危険だという危機感を抱いてくれたことも協力が得られた勝因だと思っていますね。
ダイニーが目指すのは、All in One Restaurant Cloud.だ。
松本氏が担当するファイナンス領域の他、オーダー領域、テーブルマネジメント領域、ライフスタイル領域、CRM領域などがあり、代表取締役の山田氏が兼業している状況である。
松本山田のカバー領域が広すぎると先ほど言いましたよね。これはスタートアップならどこでもよくある課題の一つだと思います。そんな課題を取り除いてこそBizDevなんじゃないかとも思うんです。
なので、「僕が決済事業の意思決定をします。僕が意思決定した方が早く立ち上がるし、売り上げ、利益も確保できるんで任せてください」とコミュニケーションを取り続けていました。
代表取締役の山田氏の信頼を勝ち取った瞬間について語ってくれた。
松本山田からすると、決済事業の一部を自分でやらなければいけないのか、僕が責任者として全部やれるのかの見極めポイントだったと思うんですけど、Adyenと提携は隠した方がよいと言っていました。
カードブランドに刺されてしまうため、Adyenと提携していることをホームページやPRに記載するのはダメと言われていたんです。そこに対して、Adyenとの提携は告知する僕と意見が割れたのですが、具体的な観点を説明したときに、もう決済事業を任せた方がよいんだと信頼を寄せてくれた感じはしましたね。
寄せられるレピュテーションとの闘い
業界を震撼させた最安級の決済サービスを手掛ける手腕を持つ松本氏だが、世間の人からのレピュテーションに苦悩、葛藤した瞬間があるという。
松本世間の人から忠告を受けることもあります。例えば、Adyen提携前には「前例のないところと組んで失敗したらどうするんだよ」と忠告を受けました。山田も、POS事業に参入する際に「既に競合製品があるから、そもそもないでしょ。バカなのか」と忠告を受けたこともあると思うんですよね。
忠告の中には、僕もそうだよなって思うこともあります。残念ながら、忠告が当たってしまうこともしれません。でもそのような中、タガを外して挑むのがダイニーです。
ダイニーは、資金調達後に奇特な発言をし、話題を集めたことでも記憶に新しい。何かと世間の人から評判や噂が拡散されやすい状況だ。レピュテーションリスクがある中でも、タガを外す理由について松本氏はこう語った。
松本僕たちダイニーは外食産業のインフラを築いています。外食産業にイノベーションをもたらし、日本経済全体を再興すれば、世界進出を目指す飲食店が増えると思うんです。
世界のミシュラン評価の獲得店舗数、日本が多いことをご存知ですか。
松本僕は、飲食店が抱える大きな経営課題であるお金の問題(利益率の改善)と人の問題(従業員の待遇改善・定着)を根本から改善し、1店舗でも多くの飲食店と一緒に世界進出を目指して頂けたらなと思っています。飲食店様と一緒に世界に打って出たいという夢をも持っているからバックキャストで考えて事業展開を進めているんです。
そのために、飲食店の利益率が低い問題を解決しなければならず、業界最安級の決済サービス『ダイニーキャシュレス』を開発する必要がありました。
通常の人であれば、国内の大手企業とアライアンスを組むのが定石だと思うでしょう。そのような助言も多くいただきました。だけど、他の誰も思い浮かばないようなやり方でこそ、これまでにない業界最安級の決済サービスとその先のグローバル展開まで進めると思いました。ダイニーが目指したい世界観を実現できる最適なお相手をゼロベースで考え、Adyenが浮上したわけなんです。
代理店さんの協力もですが、Adyenがめちゃくちゃ寄り添ってくれてサービスが立ち上がった。今回のアライアンスでも、やっぱり、僕は運がいいなとつくづく思いましたね。
BizDev経験で培った脅威の意思決定スピード
ダイニーの決済事業を牽引する松本氏は、事業開発に興味があったわけではなく、最初の頃は受け身だったという。
アクセンチュアの投資ファンドチームのコンサルティングに従事していたが、ワークライフバランスを見直す必要が出てきて転職を検討し始めた。その際に「BizDevが今後伸びるんだけど興味ないか?」と声をかけてもらい事業開発に挑戦したのだ。
松本ワークライフバランスを見直す必要が出てきて、ラクスルのBizDevに挑戦させていただいたんです。当時のラスクルは印刷業界を変革している会社で、一つ一つの事業価値の最大化を目指していました。
小さな組織の場合、事業責任者が意思決定しなければ何も動かなくなります。「この上司、いったい、どうしたいんだろう?」とメンバーを不安にさせてしまいますね。そのような経験をして、基礎的なビジネススキルを身に付けて、なぜ、そのような意思決定をしたのか根拠を示して説得する重要性を学ばせてもらえました。
事業開発にはさまざまなスキル・経験・マインドが必要で、その中でも財務スキルや英語は、いわば四則演算のようにできなければなりません。これらを含む基本的なビジネススキルは、アクセンチュアの投資ファンドチームのコンサルティングで叩き込んでいただきましたが、本当に日々の積み重ねだと思っていて、今でも週5日1時間ほど英語のトレーニングをしています。
ラスクルのBizDevに従事していた松本氏は、当時のユニークな経験、エピソードを語ってくれた。
松本ラクスルのCEOの松本さん、COOの福島さんはあれこれと細かな指示を言うことが全くなかったんですよね。オーナーシップを発揮するのはBizDevで「事業価値の最大化を目指して頑張れ!」みたいなノリ。そのような環境に置かれて、ラストマンシップを持って事業が進める大切さを学ぶことができました。
学ぶといっても、丁寧に教えてもらえたわけではなく、実践で学ばせてもらった感じです。 例えば「今から5,000万円使えますか?」と言われたときに「ちょっとわかんないですね」とは回答できませんでした。「5,000万円を使わせてください。なぜなら、短期的にはいくらのリターンがあって、長期的にみるといくらのリターンを出せるためです」と意思決定の特訓をさせていただきました。
意思決定が正解か不正解かわからないけど、やってみるしかないんだなということ。やりがいみたいなところを学ばせてもらったことにめちゃくちゃ感謝していますね。ラスクルでの実践が、本当にダイニーキャッシュレスの開発に役立ちました。
ダイニー山田との出会いが変えたキャリア観
松本氏は、ダイニー入社後に事業を牽引する存在と成長を遂げて周囲から信頼を得ている。松本氏が能動的に仕事に取り組めるようになったのは、ラスクルのBizDevでやりがいを得たこともあるが、ダイニーの代表取締役の山田氏に巡り合ったことが大きいと語る。
松本僕はGAFAによって日本のITはオワコンと言われることに対して悔しいと思っていたんです。そんな話を持ち掛けると「松本は青いな」「そんなことをいうより、目先の利益を追え」と言われ続けてきたので、自分の価値観を誰かに話すことはやめようと決めていました。
松本そんな僕に対して、山田は「そのような視座、価値観を持っている人ではないとダイニーの事業責任者は務まらないよ」と言ってくれて、価値観の共鳴が嬉しかったんです。
また、山田の視座や価値観に対して尊敬できることが多く、この人についていきたいなと思いました。
僕はコツコツと地道にキャリアを築き、経営者になれたらなとルートを描いていたのですが、そのルートを外してでもダイニーで働きたいと思ったんです。人生を賭けてついていきたいと感じました。
代表取締役の山田氏の魅力について松本氏はこう語る。
松本事業責任者をやると、売り上げや利益、そこにつながるリピート率やアポ数などの指標に意識が向いてしまうんですよ。そういうところに意識を取られると、「顧客が何に困っているのか」について考えることが抜けてしまいます。
山田は、常に「顧客が何に困っているか」を考えていて、とても尊敬しています。時価総額とかARR100億とか、事業を正しくトラッキングする上で具体的な数字目標はもちろん出てきますが、それ以前に、山田の根底には外食産業をより良くしたいというピュアさがあるんです。そのピュアさを山田から学べたことに感謝していますね。
そして、松本氏は将来を語ってくれた。
松本PayPal創業者のピーター・ティール氏の「賛成する人がほとんどいない、大切な事実は何だろう」という問いかけが素晴らしいと思っていて、僕はいつか日本のITは世界に通用することを証明したいなと思っています。
外食産業から日本経済の再興を目指すためには、ダイニーAll in One Restaurant Cloudを進化させていかなければなりません。3~4年で実現するという最速のイメージを持って取り組んでいます。飲食店様と共に世界進出できたら、次はファッションなど他の業界にも貢献できるようなShaperになっていきたいです。
ダイニーの取り組みは世界基準で評価されており、Bessemer Venture Partners,Hillhouse Investment Managementをリードインベスターとして、Flight Deck Capital,Eclectic Managementの計4社を中心に、シリーズB総額74.6億円の資金調達を実施して話題を集めている。
奇抜な発言が物議を醸しだすダイニーだが、松本氏が語ってくれたダイニーの本質を知れば応援したくなるだろう。ユニコーンではなくデカコーンへと成長を遂げる企業になるか誰もが見届けたくなったのではないだろうか。
こちらの記事は2024年12月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
牧野 花菜
編集
大久保 崇
連載事業成長を生むShaperたち
6記事 | 最終更新 2024.12.06おすすめの関連記事
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