選択と集中?クソくらえ!
D2Cからマーケットプレイスへ、さらなる事業拡大を見据える“ビジネスアスリート集団テンシャル”に迫る
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スポーツ・ウェルネス産業は今や、世界で約500兆円にも上るとも言われる巨大な市場。だが、国内スタートアップで強力なプレイヤーはまだ現れていない、そう思う読者が多いのではないだろうか。そこに、まさに躍り出ようとしている企業がある。それがTENTIAL(テンシャル)だ。
大手スポーツメーカーをオンラインからリプレイスすることを掲げ、メディアに始まり、D2Cへと着実に事業を拡大させてきた。2021年からはさらに事業を拡張させ、マーケットプレイス型の展開まで見据えている。「いきなり広げて大丈夫なのか?」と言われることもあるというが、代表取締役CEOの中西裕太郎氏にしてみれば「リソースの集中ももちろん重要ですが、そんな時間の余裕は逆にない。今が攻めるときだから、攻める」と力強く語る。「ゼロイチのフェーズは終わった。事業拡大にアクセルを踏み込み、IPOも当然に成し遂げていく」と、その口調は大胆ながら、どこか冷静さも垣間見えた。
著名起業家やキャピタリストとの人脈も広く、中西氏自身が高い評価も受ける。その魅力とビジネス戦略は、どのようなものなのか?一体、ほかのスタートアップやスポーツ系企業と何が違うのか?案外、詳しくは知らないという声も聞こえる。そこでFastGrowが直接じっくり聞いてみると、スタートアップビジネスのヒントもさまざまに見えてきた。ここに紹介したい。
- TEXT BY RIKA FUJIWARA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
ビジネス界にもアスリートを輩出する
中西氏がかつてプロサッカー選手を目指していたというのは、界隈ではもはや有名な話だ。インターハイなど全国の舞台で活躍していたものの、心臓疾患でその道を断念するという悲劇を経験。しかしそこで腐らず、自らが心血を注げる場を探し歩き、行き着いた先が「自らの手で推し進められる本気のビジネス」すなわちスタートアップ・起業だった。
同社の歩みは、2018年2月、スポーツメディア事業『SPOSHIRU』から始まった。
中西少し前なら、スタートアップ界隈と言えば変わり者ばかりが集まるイメージもありましたよね。でも今は、非常に多様で優秀な経験を持つ人たちも入ってきています。単にビジネスで勝負をしようと思っても埋もれてしまう。だから何を武器に闘うべきか考え続けてきました。私にとっては、学生時代を捧げたスポーツしかない、と思い至ったんです。
その「スポーツ」に関して、日本には多くの課題があるんです。
私が特に問題意識を持ったのは情報格差です。スポーツに関する記事は、個人運営のブログなどによるものが多く、正確性が担保された情報がWeb上に少ないと感じました。専門家からアドバイスを聞きたい場合は、スポーツ用品店に行くという方法もありますが、手間がかかる。地方だとそもそも、店舗が少ない。
このままでは、得られる情報量の差が大きくなり、スポーツにおける成長の差も大きく広がっていく。それはさみしい。誰もがスポーツを楽しみ、本気で取り組めるような世の中をつくりたい。そこで、プロの選手やスポーツトレーナーに取材をして、情報の権威性を担保したうえで、スポーツ用品の選び方やトレーニング方法を発信してみようと『SPOSHIRU』を立ち上げました。
このメディア事業が、次なる事業展開の道を示した。メディアを運営する中で得たデータの解析を進めるうちに、「足」に課題を持つ人たちが多く存在することを知る。そこで立ち上げたのが、D2Cブランドの『TENTIAL』だ。主力商品のインソールは、足の中の核となる骨「立方骨」を押し上げ、足の指を正しく使えるように設計したという。
スタートアップにしては一見“地味”な商品にも見えるが、マーケティングにも注力した結果じわじわとヒット。Web上の口コミも「柔軟性が高く、足にしっかりフィットする」「足への負担が軽減する」などの好評価を重ねることに成功し、発売から半年で楽天ランキング1位を獲得。靴用消臭スプレーやソックスなどに商品の幅を広げた。
新型コロナウイルス感染拡大を受けては、間違いなく必要とされると踏み、マスクの製造と販売も開始。するとインソールを超える大ヒット。法人発注まで請け負い、売り上げは伸び続けている。
このように社会の情勢や顧客のニーズを読み取りながら、商品の横展開を進めてきた。メディアとD2Cブランドの展開が非常にスムーズに進んだように見えるテンシャル。商品企画とマーケティングの王道を、スポーツにおけるトレーニングと同様に全メンバーが地道に徹底してきたからこそ、今がある。ここまでを「ゼロイチ」のフェーズと表現し、中西氏は今後について力強く語る。
中西私たちは、ウェルネスやスポーツの分野で「リアル店舗のリプレイス」を目指してきました。メディアやD2Cを通してオンラインチャネルへのアプローチに力を入れ、売り上げの確保に加えてナレッジやノウハウも貯まってきたところ。ここまでしっかりと事業の基礎を築き、勝ちパターンを探り、磨いていくところに注力できました。
ここからは、ゼロイチが終わって、1をしっかり固めて10に展開させていくフェーズ。私自身もいちプレイヤーとしてではなく、経営者として進化するべきタイミングです。
テンシャルは集まるメンバーも特異だ。中西氏と同様に、サッカーやバスケ、陸上競技など、スポーツの分野で全国的に活躍していたメンバーがそろう。社内に漂う空気はさながらアスリート集団。彼らは躍動の舞台を「ビジネス」に変えても、スポーツに打ち込んだ日々と同様に、地道な積み重ねによる結果へのコミットを欠かさないという。
スポーツに関わるプロダクトの監修といった細かな点でも、メンバー一人ひとりの知見が活きる。ここまでの事業成長を支えたのがチームのこうした特徴であることは明らかだ。
しかし、「アスリート中心のスタートアップ」というイメージを持たれがちな点を、ここからは良い意味で解消していきたいと中西氏は意気込む。狙いは、目標達成のために貪欲にトレーニングに励み、勝負にかける「ビジネス界のアスリート」を輩出していくことだ。
中西最近はCDO(Chief Design Officer)候補としてアメリカのウォルト・ディズニー・カンパニーのデザイナーだったメンバーや、サプライチェーン職で三菱商事出身のメンバーのジョインが決まりました。
ディズニー出身のメンバーは、「クリエイティブやデザインの力で日本のブランドをグローバルに伝えていきたい」という思いを持っている。
三菱商事出身のメンバーは、海外にある子会社の経営マネジメントや、サプライチェーンの管理などを担当していました。今後、D2Cブランドの拡大にあたり、工場との交渉や生産管理はこれまで以上に重要になりますし、海外の工場との提携も増やしていきます。サプライチェーンの整備をお願いしながら、事業づくりにもコミットしてもらう予定です。
アスリート出身者が社内に多かったのは、いわば“たまたま”とも言えたわけだ。もちろんビジョン共感やカルチャーフィットという点で、スポーツのバックグラウンドがここまでの躍進に活きた部分は多くある。しかし今後のスケール戦略においては、そうしたバックグラウンドよりもビジネス上の実力が圧倒的に重要になってくる場合も少なくない。中西氏自身やチームの進化が不可欠だ。
その進化に向けた切り札として、ビジネスは拡張を続ける。中長期的な戦略をじっくり聞いてみた。
マーケットプレイス運営とD2C、実は多い相乗効果
以前からの構想に本格的に着手し始めたのは2020年の夏ごろ。新型コロナウイルス感染拡大の影響により、ECというだけで業績が伸びている企業が多くあることが、中西氏を焦らせた。と同時に、スケールへのチャンスを逃すまいと、素早く動き出した。
中西この流れの中で、D2Cに特化し続けていくと、商品数の増加や開発スピードを上げるしか勝ち目がない。それには時間がかかり、数多くあるECの中で埋もれていってしまう、そんな不安が出てきました。
それに、D2Cだけでは、目指している「スポーツを通じたウェルネスと健康増進」へのコミットが完全なものにはなっていきにくいという懸念もありました。ここから「スポーツ・ウェルネス領域で第一想起されるマーケットプレイス」という立ち位置まで獲得できれば、D2Cも含めて成長を加速させることができる。そのために最良のタイミングだと感じました。
それに、メディアを運営する中で、多くのスポーツメーカーから「この商品を発売したので、掲載してほしい」など、販促の依頼を受けることも多くありました。良い商品を作っているものの、オンラインでの販促に悩んでいるメーカーは多く存在する。マーケティングのノウハウも社内でかなり蓄積できてきたので、しっかり推進できる自信もありました。
社会の流れ、顧客のニーズ、われわれの強み。マーケットプレイスは、この3つが見事に合致したんです。展開に向けて動くべきだと決意を固めました。
新たに構想するマーケットプレイスで目指すのは、「店員とのコミュニケーションをオンラインに実装する」こと。商品の機能だけでなく、楽天やAmazonといったジャンル不問の大手モールでは知ることができない、情緒的な面での訴求も目指している。
中西オンラインでの買い物は便利なのですが、実際の店舗で店員さんとやりとりをして得られる情報が分かりにくいというデメリットがありますよね。スポーツやヘルスケアといった人の身体や健康に直結する領域においては、大きな課題だと感じていました。
トレーニング用のマットを購入するとしたら、実際のサイズ感や適しているトレーニング、置き場所、使用して一週間後の状態など、店員さんだからこそ語れる「情報」ってありますよね?それらをいかに実装できるかが重要。
テンシャルにはスポーツに深く関わってきたメンバーが多くいるので、マーケティングコンテンツの制作では強みを発揮できます。売れ筋の商品では、元アスリートの選手が動画で情報をお伝えするなど、情報を充実させていく打ち手をいろいろ考えて実行していくこともできます。
なるほど確かに、手広く進めていく理由には納得できる部分が非常に多い。だが、自社のブランドをユーザーに届けるD2Cから、他社商品を集約して販売するマーケットプレイスへの事業拡張では、ビジネスモデルとしてどうしても毛色が異なる。特に「仕入れ先の開拓」が新たな課題として浮上するのでは?という疑問がすぐに浮かぶが、いかにして両立していくのだろうか。
中西そこに不安はないですね。スポーツメーカーから「楽天やAmazonの運用を手伝ってほしい」といった依頼を受けることが年々増えているんですよ。
メーカー側との接点はすでに多くありますし、オンライン販売における課題感つまりニーズもつかめています。しかも、この課題感を持っているメーカーは増えています。良い商品はあっても、販路をうまく確保できていない、これはメーカー側にとっても一般生活者側にとっても、もったいない機会損失です。
他社のモールで顧客のニーズが高い商品の分析も合わせて進めていくことで、商品の取り揃えはスムーズに進められる自身があります。そうなればあとは、マーケティングのノウハウを活かし、売っていくだけ。D2Cで得たあらゆるリレーションが、マーケットプレイスに転用できるはずなんです。
私たちはD2Cのサンプリングのため、プロもアマチュアも含めスポーツチームに会いに行っています。その際に、チーム自体やアスリート個々人、トレーナー個々人に様々な協力を依頼しています。そうして商品の監修に入ってもらい、さらにはコンテンツにも登場してもらえるんです。一緒に商品の魅力を伝えていけば、訴求力は大きく増します。
さらに、D2Cで培った工場とのリレーションも生きてきます。メーカーと連携してプライベートブランドを作る際に、マッチする工場をすぐに選定できる。
強い自信を基に淡々と語り続ける。すると突然、無邪気な笑顔を見せ、挑戦的な言葉も口にした。これも中西氏らしい、自信の現れだ。
中西「さらにビジネスモデルを増やす」と周囲に伝えると、「戦力の分散だ」「選択と集中を考えるべきだ」と言われることもあります、でも正直、いやいやいや、って(笑)。さらなるスケールを目指して拡張するだけ、既存事業の延長線上です。成果を出すためには、これらをやる必要がある、しかも最良のタイミングが今。そう判断したから、徹底してやるんです。
なんとしてでもやり遂げたい、そう思っているだけで、アスリートなら当然のごとくやり遂げます。私自身も、いちプレイヤーとして新しい挑戦が楽しみですし、「組織の経営者」という意味でも、ビジネスモデルが増えるということで難易度が格段に上がることに対するワクワクがあります。挑戦のしがいがありますよね。
思えばマスクについても、タイミングを逃さず勝負をかけたことで成功をつかんだ。同様に「好機だ」と見たのがマーケットプレイス構想への拡張だったというわけだ。
スポーツは、エコシステムを構築するうえでの“手段”
マーケットプレイスは、2021年中の正式ローンチに向けて検証を重ねている。まずはスポーツ領域の中でもさらに一部に特化して展開し、そのノウハウを生かして横展開させていくつもりだ。
中西世の中のトラフィックが高く、ニーズのある領域から攻めていこうと考えています。今ベンチマークをしているのは、ケーキに特化したcake.jpや化粧品に特化したノインといった領域特化型マーケットプレイス。初めに特定の領域のUXを磨き切って、一定の勝ちパターンが見えたタイミングで、他のジャンルにも応用させていきます。
メディア、D2C、そしてマーケットプレイス。この3つの事業をグロースさせた先に同社が描くのは、「スポーツを通して培われた思考やノウハウの還元」だ。ここまで読んで「スポーツ」の印象が強く感じられているとは思うが、実際のところテンシャルにとって、スポーツはあくまで手段でしかない。
中西スポーツの知見や商品を循環させて、医療費の高騰や生産性の低下などの社会課題にアプローチをしていくために私たちは存在しています。例えばインソール一つとっても、肩こりや腰痛に悩む人たちが多くいて、健康を害することにつながっているという問題意識が出発点です。それらの原因は「足の使い方にある」と考えたことからプロダクトが生まれました。
スポーツで得た知見をもとに、さまざまな課題にアプローチをし、あらゆる人の健康を実現させていきたい。この思いは、創業時からずっと持ち続けていますね。
このミッションを遂げられるビジネスアスリート集団としての確立を目指し、大きな進化を遂げようとしているのが今だ。中西氏が描くのは、チームスポーツのような熱い仲間意識に加えて、一人ひとりが努力と鍛錬を欠かさず成果にコミットし続ける組織の構築という。
中西エモーショナルな部分では、一人ひとりのポテンシャルを大切にしていきたいと思っています。けれど、これからは拡大に向けてどんどんレバレッジを利かせていかなければならないタイミング。努力だけではなく、成果にいかに愚直に向き合えるかが、勝敗のカギを握ると思います。
スポーツもそうですが、努力するのは当たり前。テンシャル自体が1→10に変わろうとしていく中で、何としてでも成果に結びつけるために努力するのだという、強い意志と実力のあるメンバーとともに、事業をグロースさせていきたいですね。
少し先の話をすると、国内だけでなくグローバルにも広げていきたい。その前提としてIPOはしなければいけないですし、できて当たり前というマインドで向き合い続けていくつもりです。
事業戦略については淡々と冷静に語るも、疑問を投げかけてみるとビジョンに基づく熱い考えを示す中西氏。ビジョンの実現性に絶対的な自信を見せる点が、起業家としての一番の魅力だろう。日本のスポーツビジネスに対するイメージが変わっていく期待を抱かせた。
一方で“ビジネスアスリート集団”としての姿をさらに洗練させていくであろう点にも注目だ。「テンシャルは元アスリートが揃っている」との印象を持つ読者もいるだろうが、このことがイコール「事業をスケールさせていくビジネス集団」となるわけでもない。ビジネス面においてもさらに周囲を黙らせていく結果を、いかにして残していくのか。FastGrowは、中西氏の一挙手一投足に注目していきたい。
こちらの記事は2021年01月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
藤原 梨香
ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。
写真
藤田 慎一郎
連載No Age 〜ビジネスアスリート集団TENTIALのカルチャー〜
4記事 | 最終更新 2021.04.16おすすめの関連記事
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