【トレンド研究:ECロールアップ】トレンドは、消費財やWEBメディア領域と同じ!?──グローバルで勃興する、ECロールアップ総まとめ
P&GがD2Cブランドを、LVMHがティファニーなど世界的ブランドを傘下に──。いきなりではあるが、今回の記事を読み進める前にまず押さえておきたいポイントだ。それではいこう。
ここ最近、ビジネス系メディアでこんな言葉を見聞きしたこともあるだろう。その名も『ECロールアップ』。業界外の人が言葉尻だけを聞くと、「何か新しい技術でも生まれたのか?」「以前からあるマーケ手法を横文字でそれっぽく言い換えただけでしょ」とスルーしている人も多いはず。
しかし、そんな姿勢では一流の事業家や起業家にはなれない。結論から言おう。この『ECロールアップ』なる潮流は、冒頭に挙げた2社の事例にみられるように、既にあなたの身近な業界においても起きていることなのだ。
他業界でも起きており、現在はEC業界にて顕著。それはすなわち、今後読者が属する業界においても起こりうる可能性があるともいえる。今日、この場でその現象構造を学んでおけば、いずれ自身の業界に同じ事態がおとずれたとしても冷静に対処でき、更なる事業創造へのヒントもつかめるというもの。
国内で『ECロールアップ』戦略を自社でも展開し、グローバル視点での同戦略のトレンドに詳しいACROVE代表取締役の荒井 俊亮氏からもコメントを貰いつつ、知識を深めていきたい。
- EDIT BY TAKUYA OHAMA
改めてECロールアップとは?の解説
荒井氏の言葉を借りると、「ECロールアップとは、ブランドを買収&統合し、マーケティングやオペレーションを効率化して売り上げ最大化を狙うこと」とされる。
先の事例で示したように、現在EC業界ではM&Aを実施する資本力や、M&A成立後に売り手と買い手で行う統合プロセスであるPMI(Post Merger Integration)に秀でた力を持つ企業が次々と他のECブランドを買収し、急成長するといった流れが起きている。過去にFastGrowで取材を行ったように、この荒井氏が率いるACROVEもそのうちの1社であるのだが、なぜ今、EC領域でこうした買収&統合が繰り広げられているのだろうか?
ECロールアップの全体像を掴む参考記事>
・commerce roll-ups are the next wave of disruption in consumer packaged goods
立ち上げは容易、グロースは困難。
競争激化するブランドマーケ戦線
EC業界におけるブランド買収劇、その背景にはInstagramやTikTokに代表されるSNSの進化・発達及び、D2CやCtoCプラットフォームの台頭が大きな要因として挙げられる。こうしたメディアやプラットフォームはご存知の通り、個人や中小企業でも容易に情報発信や商品流通することを可能にし、資本や発信力を持たない多くの小〜中規模のブランド立ち上げを促進した。
しかし、こうした事業者のすべてが優秀なマーケターであり、グロースを担える力を持っているわけではない。立ち上げ自体は容易になったとはいえ、個人や小規模事業者らが軒並みブランドをスケールさせられるほど、事業は甘くはない。
特に2018年~2019年になりマーケティングチャネルも複雑化し、もはや一個人でどうにかなるフェーズではなくなった。こうした状況下において、自ずと起きてくるのが事業買収、統合である。
では、現在こうしたブランド買収を経て急拡大している主なプレイヤーとは誰なのか?荒井氏によれば、「それは日本国内に限った話ではなく、世界規模で見ていく必要がある」と述べた。その理由は、日本において『ECロールアップ』がまだまだ未成熟の市場であり、欧米を中心に既に活発化している市場から押さえた方が正しい理解が得られるからだ。
ECロールアップ界の“四皇”?
業界をリードする主要プレイヤー
たった今、「この潮流は日本独自のものではない」と述べたように、『ECロールアップ』におけるトップランナーは世界に点在する。今回、読者が押さえるべき主要プレイヤーはこの4社となる。
Thrasio(アメリカ)
概要 |
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2018年創業。売上高1,400億円。約3,910億円調達済み。僅か2年でユニコーン企業となる。 |
特徴 |
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Amazonブランドの買収に強み。カテゴリはホーム、ペット、おもちゃ、ゲームなど |
Perch(アメリカ)
概要 |
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2019年創業。調達額は約890億円。 |
特徴 |
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家庭用品、おもちゃ、ゲーム、医療機器などのカテゴリーに注力 |
Berlin Brands Group(ドイツ)
概要 |
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2005年創業。売上高は約390億円。調達額は非公表。 |
特徴 |
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電化製品を中心に、ガーデニング、家庭リビング用品、スポーツなどを主要な買収ブランドに据える。 |
そして次はドイツはベルリンに拠点をおく、Berlin Brands Group。2005年創業と、4社の内では最古参。D2Cビジネスのパイオニアと呼ばれるブランド。
GlobalBees(インド)
概要 |
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2021年創業。パーソナルケアブランドの FirstCry(ソフトバンクから資金調達済)からスピンオフして設立。約128億円調達済み。 |
特徴 |
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美容、食品、栄養、スポーツ、ライフスタイル領域に注力。Amazonだけでなく本国ECのFlipkartやNykaa内のブランドも買収対象に |
まずは米国Thrasio。同社は当該領域において最もネームバリューがあり、買収力も業界随一。フィールドはAmazonのマーケットプレイスに絞っており、実際に買収されたブランド側からは、「私たちはThrasioと手を組んだことで、より優れたECブランド事業者になれたと感じています」と賞賛の声が多数あがっている。
次に、同じく米国はボストンに拠点を置くPerch。EC専業ブランドだけでなく、ウォルマートやコストコといった実店舗に卸売りするブランドも傘下にしいている企業だ。2019年創業にもかかわらず、その急激な成長ぶりから、2021年の5月にはソフトバンクグループから7億ドル以上の資金調達を済ませている。そして最後はアジアのインドから。美容、ウェルネス、ホームケアの領域で名をあげるGlobalBees。なんと2021年5月の創業にも関わらず世界的なECロールアップ企業にその名を連ねている。
さてさて、いま読者は正直こう考えているだろう。「1社も聞いたことがない…」と。その反応こそが、先に挙げた他業界のグローバルジャイアントらとは異なる、この業界の面白い点なのだ。この点について荒井氏は下記の様に解説する。
荒井マクロで見ると、“マスト&ニッチの二極化”がこの業界特有の変化ですね。EC領域は個人や資本の少ない中小企業でもブランドの立ち上げ、展開が可能と述べましたが、正にこの点がポイントです。
具体例を挙げると、“カメレオンの餌”、“うさぎ好きに向けたうさぎの洋服”などでしょうか。こうした商品はニッチには刺さりますが、大企業が買収対象としてみる事業者にはなり得ないですよね?もはや言うまでもないですが、Webを軸としたメディアの台頭によって、個人の多様なニーズが顕在化しました。そのWebを主戦場とする“EC”の領域においては、ニッチなニーズを大量に集めることで、大企業には成し得ない山の登り方で1つの巨大帝国を築くことができるんです。
なるほど。P&GやLVMHの事例だけを見ると、資本力あるトップブランドが業界の3~5位といった、同じくトップグループに属するブランドを飲み込む図式かと思いきや、『ECロールアップ』の世界においてはそうではないようだ。となると、1つ疑問が浮かんでくる。
売り手がニッチ×大多数となると、買い手にとっても専門的かつ幅広い目利き力が必要になってくるのではないだろうか。ここからはより具体的に、これら4社のようなECロールアップ企業となるために必要な条件を紐解いていきたい。
資金力、ソーシング力、PMI力。
この3つの総合値で勝負が決まる
荒井まず前提からいうと、この条件は国によって多少色を変えます。なぜなら『ECロールアップ』の活況度やVCの投資意欲にも差があるためです。その上でポイントをまとめると、大きく3つの力に分けられます。
まず1つめは、“資金力”。数々のブランドを買収、統合していくには当然に必要となる力ですね。エクイティでもデッドでもどちらでも構いません。
2つめは、“ソーシング力”です。つまり、良い案件をみつけて引っ張ってくる力ですね。ここは属人性の高い領域で、表に出ない情報をいかに早くピックアップできるかが問われます。
M&A関連のサービスは複数存在するものの、このような公の場に情報が出ている時点で案件としての魅力は低いといった見方もあるようだ。たしかにこうした情報の鮮度や質に関しては、転職や不動産といった業界でも同じことが言える。秘匿性の高い情報は大衆向けのメディアには顔を出さず、一部の限定的なコミュニティ内でのみ共有されるといった構造は、読者も経験したことがあるのではないだろうか。
荒井最後の3つめは、“PMI力”。これは買収、統合後のブランドをグロースさせる力です。これら3つの力の総合値が高ければ高いほど、市場で勝ち抜くことができるんです。
これら3つの力を同時に併せ持つことは大企業でないと難しい気もするが、急成長している多くの『ECロールアップ』企業はまず巨額の資金を調達することから始める。その使い道は、もちろん採用。属人性の高いソーシング力や事業をグロースさせる力は、既にスキルを持っている人材を採用することで自社に備えるという考え方がセオリーだそうだ。
荒井ただし日本に限って言えば、大型の調達をせずともソーシングとグロースの力だけで戦えるといった特徴もあります。理由は冒頭に述べた通り、まだまだ『ECロールアップ』の市場が未成熟だからです。かつ、これは他業界においても言えることかもしれませんが、日本という市場の特異性も関係しています。
携帯電話などまさにそうでしたが、日本は購買特性や構造が“ガラパゴス化”されており、世界で強いプレイヤーが必ずしも日本で勝てるとは限りません。Thrasioなどのようにグローバル前提で世界中で売れる商品を扱う企業もいれば、我々ACROVEのように日本にローカライズし、ソーシングとPMIで事業を伸ばすスタイルもあるんです。
荒井氏が率いるACROVEは元々EC支援の事業を行っており、かつEC事業者に対し購買データを分析するソフトウェアも提供している。故に、日々どんなジャンルでの購買が伸びているのかをリアルタイムで察知でき、コンサルティングを提供する事業者に対して買収という形での支援も可能となる。
同氏の話を聞いていくうちに、確かに豊富な資金力と事業をグロースさせる力があったとしても、肝心要の案件を見出す力がなければこの業界で勝ち抜くことは難しいと感じる。読者も徐々に、『ECロールアップ』という世界は決して誰しもが参入できるイージーな領域ではないといった事実を感じ始めているのではないだろうか。
そんな猛者がひしめくこの業界は、今後どのようにマーケットが変化していくのだろうか。
世界では資金力。
日本では依然ソーシングとPMI力が勝負の分かれ目に
話を聞き進めるにつれ、世界と日本における市況感は大きく異なるため、すべてを総括した結論というのは今の時点では控えよう。しかし、既に市場が活性化している海外においては今後より統廃合が激化し、資金力のある企業が次々とブランドを飲み込んでいくとのこと。
一方、日本は引き続き業界全体で市場を拡大していく途上にあり、海外のようにVCから数百〜数千億円の調達をするのはまだまだ先の話。「現状の国内で調達し得るたかだか数億円程度の資金では、積極的にプロモーションを打つことすらできませんしね」と荒井氏。そんな直近の日本においては、依然ソーシングとPMI力がモノを言うのだろう。
そんななか、今後この領域で台頭し得る注目企業について聞くと、荒井氏はこのように答えた。
荒井日本で未上場という範囲で言えば、forestやMoon Xでしょう。forestは会計士系のキャリアを持つ方々で立ち上げられた企業。海外でも販売できるペット用品や日用雑貨を中心に、1億〜5億レンジのブランド買収を主軸としていますね。一方、Moon Xは元Facebook Japan(現Meta)の代表、長谷川 晋氏が創業した企業。D2Cのクラフトビールを展開しており、これからM&Aに切り込んでくるでしょう。
今回、業界の専門家としてACROVEに意見をうかがうなかで、『ECロールアップ』企業としての勝ち筋や押さえておくべきプレイヤーについて概要を知ることできた。資金力、ソーシング力、PMI力。この3つは他の何を差し引いてもインプットしておきたいものだ。
そのなかで各社の具体的な戦略などは読者へのインサイト提供としても追って紐解いていきたいと思うが、今回の企画に協力いただいたACROVEを事例に、『ECロールアップ』企業が持つ強みや戦略の一例を簡単に紹介しておこう。
荒井例えば弊社の場合は2つの特徴があります。1つめは、我々がEC支援の企業だということ。そして2つめは、我々はEC事業者に、購買データを管理するソフトウェアを提供している立場であるということです。これらの特徴から、EC業界におけるトレンド、どの分野で今どんな商品が伸びているのかなどの統計データを日時で取得することができます。これはすなわち、ブランド買収に際して行うデューデリジェンス(以下、DD)が不要ということです。
一般的に『ECロールアップ』界隈でのDDは1~2週間が目安とされていますが、これを買収検討する全企業に行うとなると、相当なリソースを割かねばなりません。その工数をほぼカットでき、スピーディな意思決定ができるというのは大きなアドバンテージだと捉えています。
詳細は割愛しますが、こうしたDDの際に用いる算出方法も、ACROVE独自の指標を持っています。一般的にはEBITADA(税引前利益に、特別損益、支払利息、および減価償却費を加算した値)を用いてブランドの買収是非を判断しますが、その場合のデメリットとして、ブランド立ち上げ間もない、投資フェーズで赤字となっている企業の価値を正確に目利きできないんです。
その点、我々はブランド立ち上げからこれまでの合計ブランド投資額に対する利益額で判断できる仕組みがある。こうしたDDの実施方法においても各社の個性や差別化要因が見えるところですね。
確かに、他社においてはAmazonなどの外部企業が提供するツールを用いて購買データの分析を行うが、自社で大量の生データを保持していることはDDにも繋げられる大きな武器となる。加えて、長きに渡りEC支援をサービスとしてきた知見やPMI力。そして泥臭く築き上げたネットワーク、ソーシング力が備わっているとなると、ACROVEも日本の『ECロールアップ』界において面白いポジションをとっていくことが期待される。
そんな同社も含め、今後もFastGrowでは『ECロールアップ』界の成長ストーリーに注目していきたい。最後に、『ECロールアップ』に注目している読者に向けて、参考となる有益な情報収集源について掲載して本稿を終えようと思う。
氏名/メディア名
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こちらの記事は2022年03月01日に公開しており、
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大浜 拓也
株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。
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