不況に備え、プロダクトをひたすら磨き込め──VC/CVCが本音で語る、スタートアップの生き残り方【イベントレポート】
2023年の資金調達市場は、しばしば「シビアな状況」と表現される。投資家サイドも皆、その意見は変わらないのだろうか。本当にシビアな状況が続くのであれば、シリーズB以降のグロースシリーズを、一体、どう生き抜いていくのが賢いのだろうか。
この記事は、資金調達の「今」をIPO支援の実績豊富なキャピタリストに伺ったイベントレポートである。ご登壇いただいたのはグロービス・キャピタル・パートナーズの湯浅氏、ジャフコ グループの坂氏、日本郵政キャピタルの丸田氏、博報堂DYベンチャーズの武田氏の4名だ。
なお、モデレーターを務めていただいたのは、事業会社からの資金調達プラットフォーム「資金調達クラウド」をスタートさせたM&Aクラウドの及川氏。
昨今の市場に対する意見や最近の資金調達事例から、ピッチの際に聞きたい情報まで、FastGrow読者なら知っておきたい情報満載となった。ぜひ記事の内容を心に刻み、2023年をスタートしてほしい。
- TEXT BY REI ICHINOSE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
ダウンラウンドは「嫌」が本音だが……
──(及川氏、以下同じ)まずは、「2023年の資金調達市場を踏まえて各社どんな状況にあるか」についてお伺いしたいです。私含め、スタートアップ企業サイドとしては外せないこのテーマからお聞かせください。
湯浅2023年の資金調達市場を簡潔に言うと、「資金はある。バリュエーション(企業評価額の算定)は調整入る」ですね。
まず、資金に関してですが、政府も積極的なスタートアップ支援を謳っていますし、株式市場に連動して資金が一気に引くことはなさそうです。2022年は8,000億円ほど投資されたと言われていますが、2023年も同様の規模に達してもおかしくありません。
一方、バリュエーションに関しては、確実に調整が入ると感じています。現在、株価は2021年頃のピークから1/3から1/4ほどに低迷している上場企業もあります。投資家目線だと、低迷した市場環境でもリターンを確保するためにシリーズB以降のスタートアップに投資検討する際はバリュエーションをコンサバに見ざるを得ません。ミドル・レイターのスタートアップには舵取りが難しい時期になるだろうとも予想しています。
とはいえ、2020~2021年ごろのバリュエーションがヒストリカルには高すぎる水準だったので、今が大きな不況であるとは考えていません。むしろ、この先も2020~2021年ほどにバリュエーションが高い時代は来ないかもしれません。「1~2年耐えればバリュエーションが“戻る”」とは、思わない方が賢明だと思います。
──ありがとうございます。丸田さんはいかがですか。
丸田近年、日本でもCVCが増えてきましたね。そのなかでも日本郵政キャピタルは、ミドル・レイター以降から投資することが多いんです。
バリュエーションを計算する際に、公開株式市場の例を基にしたマルチプル法が使われることが多いですよね。そのため当然、未上場スタートアップの株式評価額は下がっています。
この状態が続くのであれば、キャピタルゲインを大きく狙うVCは投資しづらいかもしれません。一方で、CVCには投資資金が潤沢にあるわけではなくとも、事業連携のメリットがあれば、投資を進めやすい部分があるとも言えます。
──続いて武田さんと坂さんにもお聞きしたいです。いかがですか。
武田依然、厳しい状況は続くと予想しています。同時に、人気のある企業に対して資金が集中していく流れも続くだろうと考えます。
米国物価動向や金利動向など2023年以降のマーケットに影響を与える要素は様々ありますが、現在の環境が何年続くのかを予測することは非常に難しいんですよね。そうなると、「メリハリのあるコストコントロールを行い、いかにランウェイを継続させることができるか」が引き続き重要になると思います。
具体的には、人材リソース確保の観点がわかりやすいと思います。以前なら正社員採用で検討していたところを、業務委託で補う方針にする場面が増えています。このような、「固定費の変動費化」も重要になりますね。
坂私も基本的には同じ感覚です。シリーズBくらいのフェーズでバリュエーションが30億円ほどの企業に対しては、次回のファイナンスも見越してから、明確にバリュエーション調整が入っている印象がありますね。
でも一方で、資金調達の件数自体は昨年から大きな変化は見られません。シリーズA以前のフェーズの調整は、シリーズB以降と比較すると、まだそこまで意識されていないように感じます。
とはいえ、VC・CVCも投資意向は高いので大きく突き抜ける可能性があるような企業については資金が集中する傾向が加速するかもしれませんね。
──なるほど。スタートアップ側からの高いバリュエーションの希望に対しては、どのような対応をまず考えるんですか?
坂ファイナンスのお声がけを頂いた事自体「ありがたい」という以外はないのですが、バリュエーションについては慎重に見ています。達成できる数値計画とファンダメンタルズに基づいて算定されるという上場企業におけるバリュエーション算定のルールは、未上場スタートアップでも常に意識する必要があるかなと思います。
まとめてみると、1〜2年前と比べると投資家も起業家も冷静になっている気がしますね。
ここで、2022年に相次いだダウンラウンドIPOに話が移った。スタートアップサイドとしてもできるだけ避けたいダウンラウンドIPOに関して、VC・CVCの想いを記しておく。
──せっかくマクロの話になったので、国内でも最近話題になっているダウンラウンドIPOについて、投資家サイドとしてどう考えているかをお聞かせください。
湯浅ダウンラウンドIPOは2022年後半に目立ちましたね。まず、株主が納得してるのであれば、第三者が問題視することではありません。ですが、我々が株主である場合は、やはり避けたいです(笑)。可能であればIPO延期も含め、ほかの選択肢をしっかり検討するようなコミュニケーションをするでしょう。
上場する際には、株式の流動性を確保する必要がありますが、これは新株を発行するのと、既存株主が株を売り出す、という2種類の手段しかありません。株価が低いタイミングで新株を発行したくはないですし、既存の株も売りたくはない。そうなると上場という選択肢は取りにくくなるのは必然ともいえます。
──丸田さんはいかがですか。
丸田私も個人的には、なんとかしてダウンラウンドIPOは避けたいですね(笑)。なるべく投資先と会話を繰り返して、未上場のままでもう一歩、新たな成長を目指す戦略を一緒に考えようとすると思います。
投資家が今、評価するのは
「収益性」「協業メリット」「黒字化ビジョン」
次に聞いたのは、投資家たちが「今」重要視していること。「投資家に対するピッチ」で伝えてほしいことにも触れられており、特に資金調達を検討している方はこの先も必読だ。
──(及川氏、以下同じ)資金調達市場の変化は伺いましたが、そんな環境下、新規で投資する際に重要視するポイントを教えてください。
坂まず、最近IPO時に、投資家が何を評価しているのかを個人的な感想をお話しますね。昨年と今年で、「だれが赤字のリスクを取っていたのか」という観点で再検討が進み、変化が出ていると思っています。
たとえばSaaS企業の場合、去年までは「売上×PSR 」という考えのもと、赤字幅が大きかったとしても、成長性がより強く意識されていました。このことは、言い換えるなら「投資家が赤字のリスクを取っていた」とも言えるんです。
しかし、マーケットが冷え込む影響を受けて、投資家サイドで「リスクを減らしたい」という動きも顕在化してきました。なので、今年はPSRでの評価しづらく、利益を見ていこうという流れになっていると感じています。未上場でも、上場企業の動きに合わせざるを得ないため、黒字化の蓋然性が高い数字を意識するようになっています。
言い換えると、去年までは「これからどれだけ伸びる事業なのか」という観点から、「売上高成長率」こそが評価されていました。しかし、今年に入って、いかに資本効率良く、生産性高く売上と利益を作っていけるか、という観点の重要度が増しています。
──ありがとうございます。武田さん、CVCとしてはこの点いかがですか。
武田私も、売上や成長率だけでなく、黒字化や収益性の観点も重視せざるを得なくなっているという意見ですね。マーケット全体が、そういう方向にかなり寄ってきていますよね。そのためブレークイーブン(損益分岐点)に至るまでの道筋や戦略を確認した上で、投資判断をする機会が増えていると感じています。
マーケットが好調だった頃は、TAMが小さくとも成長していれば一定のリターンが期待できました。しかし、今、リターンを意識すると、TAMが大きい事業である重要性は以前にも増して高まっています。一方、そういう企業に投資したいというVC/CVCは多いですから、起業家から選ばれるVC/CVCであることが求められています。
また、最近よく言及されるのがM&Aですね。バリュエーションが下がったからと短絡的に考えるものでもありませんが、M&Aをより具体的に検討する企業が増えてる印象はあります。イグジットの選択肢が増えること自体は、スタートアップエコシステム全体としては良い方向への変化なのではないでしょうか。
──どうしてもIPOが第一の選択肢になりがちなので、多様化するのは良いことかもしれませんね。少し話題が変わりますが、CVCといえば事業連携ということで、丸田さんのご意見を伺いたいです。
丸田日本郵政キャピタル内では、「スタートアップ投資を、R&D投資として捉える」という見方も強まってきました。
日本郵政グループは約39万人の社員を抱える巨大組織です。その組織のどこかにハマって世の中を変えられるメリットを有する企業であれば、一緒に事業を進めていくことを検討していきます。
一緒に事業を進めていくことで大きな価値を生み出していけそうなら、正直、バリュエーション面で理想から離れてたとしても、目をつぶる場面があるかもしれません(笑)。スタートアップには、日本郵政グループのリソースを活用して、社会実験場のようにアクセラレーターできる場所だと捉えてもらい、事業拡大や大きな価値創出の未来を見据えて、一緒にできることを探していきます。
──その「黒字化」というのは、スタートアップサイドが今の環境下でピッチを行う際にも盛り込みたい視点ですね。
湯浅私はシリーズB以降であれば、黒字化の蓋然性はマストだと思っています。現状で黒字化している必要はありませんが、黒字化(キャッシュフローポジティブ)プランが描けることは必須だと考えます。
大前提として、VCはシリーズB以降の企業が成長し続けることを期待します。そのための成長資金を集め、積極的に事業に投資するので、赤字を掘ること自体は全く問題ありません。ただ、追加の資金調達が必要となった場合、他に資金の出し手がいない状態は避けたいんです。
そのため、今の市況におけるシリーズB以降では「今回の調達資金で黒字化(キャッシュフローポジティブ)できるプラン」もピッチで説明があると安心できます。事業が順調で追加の資金調達も問題無さそうであれば引き続き掘り続ければ良いですが、事業が苦戦していれば成長を鈍化させてでも間に合ううちに「黒字化プラン」に切り替えるべきだと思います。
──それはわかりやすいアドバイスでありがたいですね。黒字化プランがまったくないよりは当然、あったほうがいいはず。
湯浅また、「過去1~2年間にどういう風に経営スタイルを変えたか」という点も重視しています。これほど市場環境が変化するなかで、これまでと同様の経営スタイルを続けることが正しいとは思いません。市場環境に合わせて適切なスタイルに変えていくのが経営力だと思うので、過去2年を振り返って「何を変えたのか」「変えていないことは何か」を、ディスカッションするようにしています。
──これは難しい、私もまずは反省しようと思います(笑)。ありがとうございます。
投資先との効果的な連携事例にみる、環境変化に伴う支援の変化
──(及川氏、以下同じ)環境変化により企業サイドは足元のキャッシュフローに目が奪われがちな昨今なので、うまく連携できている事例や環境変化に伴う支援内容の変化も伺いたいです。
武田マーケティングオートメーションツールや、CRMツールの導入支援を手掛ける出資先があります。その企業と連携して博報堂DYグループのクライアントに対してアプローチするような動きを取っています。
もっと具体的にいうと、博報堂が上流のコンサルティング、データ戦略等の設計をして、出資先の企業には具体的な導入支援を手伝っていただいていますね。
結果として、クライアントからは一気通貫できている点を評価する声をいただいています。
博報堂DYベンチャーズでは投資させていただく前に「中長期目線でのシナジーを作るのか、それとも短期的目線でのシナジーを作るのか」、シナジーの方向性についてすり合わせます。最近はビジネス上の連携の重要性がより高まっている印象があります。
──湯浅さん、いかがでしょう。
湯浅「ボード(社外取締役)」「投資先の成長をブーストさせる専門チーム」「コミュニティ」という3つの支援を行っています。
3つのうち核となる支援が「ボード(社外取締役)」です。GCPでは基本的には投資先の社外取締役に入らせていただき、ボードメンバーの一人として、日々の経営課題等に向き合い、VC/社外の立場だからこそ見える視点や情報を提供できるようにしています。また、経営陣が「社外で真っ先に相談する相手になること」を目指しています。事業やプロダクトや戦略の理解はもちろんのこと、「フランクに何でも相談できる雰囲気作り」といったことまで意識して、より深い信頼を構築できるよう努めています。
この核の、一つ外側のレイヤーとして「投資先の成長をブーストさせる専門チーム」を置いています。GCP Xというチームで、特に力を入れているのが採用支援です。CxOレイヤーをヘッドハントするメンバーもいれば、採用数を急拡大するために必要な採用体制づくりを進めるメンバーもいます。エージェントからの情報を集約し候補者を適切なスタートアップに紹介するようなことも含め、いろいろな形で採用支援しています。
最後に、一番外側にあるレイヤーが「コミュニティ」です。投資先同士がお互いに学び合う場を作って刺激しあっていただけるような仕組みや、G1カンファレンスという業界外の方々とも交流できる機会をつくっています。
──なるほど。資金面での支援についても伺えますか。
湯浅最近の市況だと、ランウェイのモニタリングをしながら、必要ならコストカットを具体的に話し合うこともあります。組織縮小が必要な場合、良い人材の次の転職先を見つけるサポートに関わることもあります。
──非常に具体的なところまで、ありがとうございます。坂さんはいかがですか?
坂せっかくなので、具体的な話をしますね。2023年1月11日に、フランスで日本酒を作って、フランスで販売するというWAKAZEという企業が資金調達を発表していて、私たちは前回ラウンドに続き、今回ラウンドでも追加出資を行いました。
この企業とは1年くらいかけて、ファイナンス戦略を細かく話し合って進めてきました。その期間中にウクライナ戦争が始まり、原油高に伴う配送コストの高騰が大きな課題となりました。湯浅さんがお話されたコストカットを含め、次の投資までに売上や利益水準はどうあるべきかなどを深く議論しました。
過去からの変化という点でお話すると、他の支援先を見ても、「次の資金調達に向けた支援」をする機会が増えたように感じています。
ベンチャー投資に慣れていらっしゃらないCVC・事業会社に向けて投資契約の勉強会を開催したこともありましたね。
背伸びすることなく、プロダクトに注力すべし
──(及川氏、以下同じ)最後に、この環境下だからこそスタートアップの経営者やメンバーに伝えたいことを教えてください。
湯浅今日はネガティブな話が続いたように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、この市況ならではのポジティブな面もあります。まず、これまでのようにグロース一辺倒な時期から、「お客様やプロダクト、組織に向き合い、良いものを作ることにじっくり取り組む時期」がやってきました。
また、冒頭で特定の企業に資金が集まる話になりましたが、今の市場感を見ても、スタートアップでのM&Aが加速することは必然だと思います。日本から大きなスタートアップを作るという意味ではこれもポジティブな変化です。ダイナミックな動きがある年になりそうですね。
丸田PoCを繰り返し行い資金面で難航し、結局プロダクトが成り立たないままという会社もあります。ランウェイを気にしながら、資金を残せるタイミングで上手に残しておくなどの工夫をしてください。本来進むべき道を見失わないように進んでください。
武田背伸びをした拡販やグロース戦略を取ることなく、プロダクトの磨き込みに集中できるタイミングが来たように感じて、ポジティブに受け止めています。
シリーズB以降であれば特に、コストの精査はもちろんしたうえで、プロダクトと人への投資に注力すべきです。ある程度PMFが進んでいるなら既存のプロダクトのマネタイズポイントを複層化できるような新しい機能を開発したり、事業部組織を立ち上げたりするようなフェーズにあると思います。
CFOのポジションの人を投資銀行から採用して、その次の大型の資金調達を達成したような事例も見てきました。プロダクトの磨き込みと人への投資のタイミングは経営の重要な意思決定ポイントだと感じています。
坂ほかの3人がほとんどお話ししてくれましたね(笑)。同じような話になってしまうのですが、私もこの1年、コストカットを重視する企業が多いと感じています。それにより短期的な成長、経営の改善は大きく進みました。また直近では、中長期はどうするのか?という議論を始めている企業も増えてきたように思います。
「種まきのための資金」を確保しているかどうかで、今後の成長が変わります。
未上場段階でのM&Aも今後加速すると思いますし、今以上に投資家と近い距離で並走したりしていくような選択肢が増えてきました。中長期的な目線を持って「新しい時代のお金の使い方」を考えていきたいです。
──みなさまありがとうございます。冬の時代といわれる今ですが、ポジティブな面も多く見出すことができたと思います!
「オフレコあり」と謳った今回のイベントだが、その通り、非常にオープンな討論が行われた。ここには書けなかったこともたくさんある。ぜひ、今後開催するイベントには足を運んでいただきたい。
目まぐるしく変化する環境を受けて、スタートアップ界隈はマイナスの印象が目立ってしまっているかもしれない。だが、どうだろう。討論を振り返ると、今求められるのは「中長期的な目線を持ってプロダクトの磨き込む」というスタートアップ本来の姿だと感じられるのではないだろうか。
【今度は2月28日(火)、交流会もあります】
こちらの記事は2023年02月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
いちのせ れい
写真
藤田 慎一郎
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