連載VCが産業を語る
世界で勝てるのは、既存産業を変える企業。GCP・湯浅エムレ氏の投資戦略
産業の未来を見据え、次代のスタープレーヤーに投資しているベンチャーキャピタリスト。本連載では、既存産業の行く末と新産業勃興の兆しを捉えるため、彼らが注目している領域について話を伺っていく。
第2弾となる今回は、グロービスキャピタルパートナーズ(以下、GCP)で、FinTech、AI、IoT、ドローン領域を中心にテクノロジー企業への投資を多数行う、湯浅エムレ秀和氏にインタビューをした。最新テクノロジーによる既存産業の変革に可能性を見出す、湯浅氏の投資戦略とは。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
「古いシステム」の刷新による産業変革にコミット
まず、いま注力されている投資領域についてお聞かせいただけますか?
湯浅最新テクノロジーを用いて既存産業の変革にコミットしている企業を中心に投資しています。例えば、物流、製造、小売、流通といった既存産業や、日本の雇用の大半を占める中小企業のオフィスでは、いまだに古い基幹システムや電話・FAXを利用している例も多い。少子高齢化が進む中、生産性を向上させることが急務なのに、インターネットを中心としたテクノロジーへの投資が不十分です。そういった業界を、クラウド、モバイル、AI、IoTといったテクノロジーによって変革してくれるスタートアップに期待しています。
担当されている主な投資先は?
湯浅幅広く見ていますが、結果的にはIoTやFinTechが多いです。IoTでは、ドローンを活用したインフラ点検・警備監視を提供している株式会社センシンロボティクス、スマートロックを通じた入退室システムを提供している株式会社フォトシンスに投資しています。FinTechでは、主に発展途上国で自動車ローンを融資できるようにする仕組みを提供しているGlobal Mobility Service株式会社、住宅ローンのオンラインでの借り換え・借り入れを提供している株式会社MFS、ロボアドバイザーの株式会社お金のデザインの3社。加えて、オンラインメディアとデジタルエージェーンシーを融合した株式会社TABI LABO、その他非公表案件も含めかなり幅広く担当させてもらっています。
リスクとステージで分散を図る。GCPのポートフォリオ戦略
近年はVC以外でもCVCなど投資主体が増えていますが、GCPさんは他社との差別化を図るためにどのような戦略を取られていますか?
湯浅VCには、投資先の経営に深く入り込んでいく“ハンズオン型”と、シンプルにお金を投資するだけの“ハンズオフ型”があります。国内の大半のVCがハンズオフ型である中で、しっかりとハンズオン型の投資を行える点がGCPの強みです。それは、個々のキャピタリストの経験や知識やネットワーク、20年以上にわたってファンド運営してきたノウハウとブランド、GCP顧問ネットワークによる投資先へのメンタリング、ファンドレベルでの組織だった具体的支援などから構成されています。
面白法人カヤックのように、一見は労働集約的でアンスケーラブルにも見えるビジネスにも投資されていますが、投資判断はどのようにされていますか?
湯浅キャピタリストは投資先選定と支援のみがフォーカスされますが、ファンドマネージャーとしての一面もあります。なので、投資判断においては個社の善し悪しは当然大きな要素ですが、それに加えてファンド全体のポートフォリオも加味しながら組み入れをしています。100倍以上の“ホームラン狙い”の案件から、どこまでスケールするか分からないけどエグジット可能性が高い“ヒット狙い”の案件まで織り交ぜて、ポートフォリオを組んでいます。
また、投資ステージもあわせて考慮に入れていますね。例えば、シードステージばかりに投資してしまうと、エグジットまで時間がかかるため、リターンを実現するまでは次のファンドレイズがしにくくなる側面があります。ですので、ミドルやレイターステージ案件も織り交ぜながら、平均して年間1、2件はエグジットが生まれるポートフォリオを作っているんです。もちろん狙いどおりにいくとは限らないですけれどね(笑)。
メルカリ上場により日本のVCのプレイングスタイルはどう変わるか
VC業界全体についてもお伺いしたいです。日本とアメリカでのVCでプレイングスタイルの違いはありますか?
湯浅アメリカや中国は市場が大きい分、スタートアップの母数が多く、競争も非常に激しい。しかし、勝ち残ったスタートアップはグローバル市場も含めて一気にスケールできる。なので、膨大な数のスタートアップの中から、Uberのような巨大企業に成長するポテンシャルを持つ企業を見つけ出すゲームになります。ステージにもよりますが、100社に投資した場合、80社が駄目になり、15社はまあまあ、4社はヒットで、1社ホームランといった感じでしょうか。
対して日本は市場規模の割にはスタートアップの母数が少なく、アメリカや中国ほど競争は激しくありません。また、日本は言語、文化、慣習の違いからグローバル企業の競争にさらされにくい一方で、グローバル展開をするのが難しい特殊な市場です。その結果、アメリカや中国よりはヒット率が高いですが、特大ホームランもほとんどなかったのがこれまでの環境でした。
今後、日本のスタートアップ市場が変わる可能性はありますか?
湯浅和製ユニコーン企業が増えてくると、日本のVCのプレイングスタイルも変わってくると思います。上場によってストックオプションなどでキャッシュを得た経験メンバーが、触発されてメルカリ級のIPOを狙ったスタートアップを自分で立ち上げるようになるかもしれない。また、エンジェル投資家も増えるでしょう。そうして、巨大スタートアップを生み出すエコシステムが醸成されていく可能性が高い。
するとわれわれVC側も、小さいエグジットを良しとするのではなく、しっかりと育てて数千億クラスのIPOを目指すほうにベクトルが働きます。つまり、“ヒット狙い”から“ホームラン狙い”にシフトしていくのです。
既存産業変革型ソリューションをアジアに横展開し、日本発の世界的リーディングカンパニーを生み出す
ほかに日本のスタートアップ市場が盛り上がる要因はありますか?
湯浅既存産業変革型のスタートアップが増えている点もポジティブに捉えています。例えば、センシンロボティクスは、ドローンを使ってインフラ点検にイノベーションを起こそうとしています。もともと人力でやっていたソーラーパネルや橋梁や鉄塔点検を、自動飛行するドローンで撮影した画像を解析し欠陥箇所を特定することで、インフラ点検の労働力不足問題を解決しようとしているんです。
こういった既存産業は市場規模も巨大で、例えば物流業界や不動産業界でいえば数十兆円規模のマーケットです。また、これらの課題は、少子高齢化社会を迎えるアジア諸国が近い将来直面する問題でもあるので、日本国内で培ったノウハウを横展開して、世界のリーディングカンパニーになれる可能性も秘めていると思います。
そのためには何が大切だと思われますか?
湯浅スタートアップに興味がある人がもっとワクワクする環境を作ることが大事です。特に、お金儲けだけではなく、社会問題を解決しているスタートアップがもっと増えてほしいですね。
例えば、Global Mobility Serviceは、東南アジアを中心にIoTデバイスを活用した自動車ローン支援サービスを普及させ、今までローンが組めなかった人でも車を買えるようにし、東南アジアの人々の生活の質を高めようとしています。彼らのように熱いビジョンやパッションを持って、社会的意義の高い事業を展開するスタートアップがもっと出てくると、魅力を感じる人も増えるのではないでしょうか。
そうすれば、優秀な人のキャリアの選択肢に、スタートアップがより当たり前のものとして入ってきます。コンサルやファンドといったプロフェッショナルファームを転々とする、いわゆる“東海岸系”の優秀なプレイヤーたちに、スタートアップの魅力をもっと伝えていかなきゃいけないとは思っています。
社会的意義が大きく、豊富なチャレンジの場があり、さらにはストックオプションなどのアップサイドも多分にあることをもっと伝えていかなければいけません。
スタートアップの世界に飛び込みたいなら、“0→1”の経験を積んでおくことが大事
有力な投資先を見つけ出すために、普段はどのような情報をインプットされていますか?
湯浅あらゆるチャネルから常にインプットし続けています。GCP社内では、それぞれのメンバーが持っている各領域の展望やトレンドを、お互いシェアしてディスカションしています。
また、最新技術の研究者や最新のビジネスモデルに取り組む起業家など、業界のトッププレイヤーと情報交換する機会も積極的に設けています。
アメリカを中心に海外の情報も集めていますね。テクノロジー系メディアはもちろん、米国の起業家やVCのブログなどは定期的にチェックするようにしています。とはいえ、日本固有の産業にも大きなビジネスチャンスがあるので、海外情報をそのまま輸入しても意味がなく、それらを咀嚼して日本市場に当てはめて考えることが大切です。
最後に、これからスタートアップで世界を変えていきたいと思っているビジネスパーソンに向けてのメッセージを頂きたいです。
湯浅0から1を生み出す経験を積んでいくことをオススメします。今の会社で新規事業プロジェクトに関わる形でも、仕事外でコミュニティやプロジェクトを立ち上げる形でもいい。そうすることで、“0→1”の難しさや楽しさが分かります。日本人はカイゼンが得意ですが、今後はゼロベースで新たな仕組みを作れる人が求められてくるでしょう。
スタートアップを立ち上げるならば、BtoB領域に大きな空洞(=チャンス)があると感じています。物流や不動産をはじめ、BtoB産業は数兆円レベルの巨大な市場規模を誇っています。それだけのビジネスチャンスが眠っているにも関わらず、スタートアップ志向の若手ビジネスパーソンにはそういった業界を知らない人が多く、非常にもったいない。なので、あえてそういった既存の巨大BtoB領域の会社に身を置くのも一つの手でしょう。
そこで業界特有の仕組みや問題点について意識的に考える習慣をつければ、市場インパクトが大きくて競合のいない、ブルーオーシャン的な起業テーマが見つかるかもしれません。また、こういった領域で事業を展開していくときには大企業との連携が不可欠なので、丁寧にコミュニケーションしながら変革の可能性を訴えられる、“オヤジキラー”的なスキルセットも身につけられます。
最近は、海外展開する日本人プレイヤーも増えていますから、海外に目を向けることも重要です。先ほどのGlobal Mobility Serviceのフィリピン法人のカントリーマネージャーも、単身でフィリピンに飛び込んで現地法人を立ち上げ、25歳にして80人のフィリピン人社員をマネジメントしています。若い人でも積極的に海外でチャレンジしていいと思います。
こちらの記事は2018年08月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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